【対談】日常着としての「無重力着付け」〜日本の伝統文化・着物の奥深さを知る〜(後編)

こんにちは、むすび大学ナビゲーターの川嶋政輝です。




今回は、京都にある呉服店「鞠小路スタイル」の田中千衣子さんを訪問し、お話を聞きました。


千衣子さんは、着物をよそ行きの服としてではなく、「日常で着ていく」ということを提唱されています。


考えてみると、もともと着物というのは日本人にとって普段着でした。


しかし昨今は、着物を着る文化そのものが失われつつあります。


今回の記事が、日本の伝統文化をより深く知るきっかけとなり、「日本人ってこんなにも奥深い文化を持っていたんだ」と感じていただけたらと思います。



前編はこちら>>



日本の伝統技術と「用の美」





川嶋政輝(以下、川嶋):
日常で着物を着ることが当たり前になれば、「それなら着てみようかな」という方も増えると思うのですが、着物産業全体として、着る方は減っているのでしょうか。


田中千衣子(以下、田中):
そうですね。
わたしが「家で着よう」と提案し始めて、より心地よいものを着たいと探求していくと、昔ながらの手間暇かけたものが、じつは一番心地いいということが分かりました。


ここ数年でたくさんの方に着ていただけるようになったのですが、その矢先に、作り手さんが次々と辞められてしまう状況なのです。
「気持ちがいいもの」であればあるほど、消えていってしまっています。


川嶋:
それはなぜでしょうか。


田中:
いまはコストパフォーマンス(コスパ)やタイムパフォーマンスが重視される社会ですよね。


安くて均一な製品で、周りから浮かないものが主流になっています。
何百年と続く柄や織り方といったものは、コスパを気にしていたら作れないほどの手間がかかっているのです。


川嶋:
目の前にも素敵な生地を並べていただいていますが、こういった着物にはどのような種類があるのでしょうか。



田中:
わたしが「暮らしのなかで着よう」とお伝えしているのは、家のなかで「浴衣」を着ることです。


いま川嶋さんに着ていただいているものは、愛知県の「有松絞り(ありまつしぼり)」です。
もう一つは「竺仙(ちくせん)」という江戸時代から続く老舗メーカーのもので、役者さんがお稽古などで着ているようなイメージです。


川嶋:
有松絞りというのは、どのように作られているのですか。


田中:
これはすべて、糸でくくって作られています。
この白い線の部分が糸で縛った跡で、そこだけが染まらずに残るのです。
一つずつすべて手で絞っていくため、この柔らかい独特の風合いと手触りが生まれます。


川嶋:
絞ってクシャッとなっているから、生地に凹凸ができるのですね。



田中:
もともとよい生地を使っているというのもありますが、絞りの凹凸のおかげで本当に気持ちよくて。
けっして安くはないのですが、これを「寝巻き」として着るひとが多いのです。


川嶋:
いま、千衣子さんが着ていらっしゃるのも同じですか。


田中:
はい。すごく高価なものですが、みなこれを寝巻きにしています。


川嶋:
しかしそれは、すごく大事なことだと思います。
寝ている時間や家にいる時間が一番長いのだから、本当はそこに一番お金を使うべきですよね。
いまは外向きでよく見せるための競争ばかりになってしまっていて。


田中:
本当にそう思います。
「これだけの手間暇をかけていたのには理由があったのだ」と、ようやく繋がりました。


以前は「よいものですよ」と勧めても、何十万円もする浴衣を日常で着てくれるのは、ごく一部のひとだけでした。
「家族会議が必要になる」ほどの買い物ですからね。


川嶋:
それは止められるのも無理はないと思います。


田中:
しかし、日常で着る意味を見出して、着ることで作り手の思いを受け取れると分かってきました。
それなのに、それに気づいたときには職人さんが減る一方なのです。


川嶋:
いま作られている方は、ご高齢なのでしょうか。


田中:
ものすごくご高齢です。新しい方もほとんど増えていません。


川嶋:
そうなのですね。
日本はコスパ競争に乗ってきましたが、ここ30年経済的に伸び悩んでいます。
もう競争する方向性ではないのかもしれませんね。


こういった伝統技術は、どれだけ競い合ってもほかの国には作れないものです。
日常の心地よさを探求していくと、結局はこういった本物に行き着くということがよく分かります。


田中:
わたしも着付けをしていて、一番「気持ちいいな」と感じるのが、これらの手仕事の生地なのです。


川嶋:
染めも手作業ですか。(別の生地を指して)


田中:
そうです。同じ柄が繰り返しになるように折り重ねていき、ジョウロのような道具で染料を流して下まで染める技法です。
わたしはこの「千鳥」の柄がすごく好きで。波に千鳥は縁起がよいのです。





川嶋:
千鳥なのに飛んでいるというより、流されているように見えますね。面白い組み合わせです。
手作業だからこそ、日本語で言う「気がこもっている」感じがします。


田中:
まさに「祈りそのもの」だと感じます。
単なる仕事としてお金を稼ぐだけなら、パートに出たほうが絶対に効率がいいはずです。
それでも続けるのは、強い思いがないとできないことです。


川嶋:
本当にそうですね。こういうものの価値を感じた方には、まず着てみてほしいです。
若い方々が自分の生きる道を探すときに、こういった日本の伝統文化を受け継ぐことに「日本の未来がある」と感じていただけたらすばらしいですね。


田中:
肌身離さず身につけるものですから、ある意味お金には代えられない価値があると思います。



型や流派を超えた「着物の声」を聴く着付け



川嶋:
昔から伝えられている伝統的な着付けには、いろいろな流派があるのでしょうか。


田中:
あまり言うと角が立ちますが、おそらく「着付け教室」というシステム自体が比較的新しいものなのです。


川嶋:
もともとはお母さんが着せてくれていたものですからね。


田中:
明治・大正くらいまでは普通に着ていましたから、それ以降に商売化したのだと思います。
その過程で、無自覚に洋服の考え方を取り入れ、「形を作る」ことを重視するようになってしまったのではないでしょうか。


わたしが現在行き着いた結論は「流れ重視」です。
着ていて苦しい、うまく着られない、何年も習わないと身につかない……。
本当にそうなのかな、と疑問に思いました。


川嶋:
敷居が高くなって着物文化自体が廃れてしまったら、元も子もないですよね。
ひとに着せる仕事をしているはずなのに、着せられたひとが苦しいと感じて着たくなくなるという矛盾があります。


田中:
日本はものづくりを緻密におこなっている国なのに、着物だけがそんなに曖昧で苦しいものだなんてあり得るのだろうか、と考えました。


自分の前提を変えて、「着物は完ぺきにできているのではないか」と思い、その視点で着付けてみたら、すべてのピースがパパッとハマったのです。


川嶋:
具体的にどういった点でしょうか。


田中:
女性の着付けでよく「ここが浮く」「ここが詰まる」という悩みがあります。
「襟(えり)」と「衣紋(えもん)」は別の名前がついていますが、一枚の布だからすべて繋がっているのですよね。


名前が違うから「襟を抜くにはこう」「衣紋を抜くにはこう」と分離して考えてしまう。


しかし繋がっていると考えれば、詰まれば浮くわけですから、全体を連動させればすべて解決します。
「着物は1枚の布でできている」という本質に行き着きました。


川嶋:
「ここはこうすべき」といった固定観念を外していった面もあるのですか。


田中:
「着物の声を聞いたら勝手にそうなる」という感じです。


川嶋:
着物がこういう形に作られているということは、それに従って着せてあげるのが一番だということですね。


田中:
そうです。布が行きたい方向に行かせてあげたら、ずっと気持ちよく、そのひとに合った姿になります。


川嶋:
男女や体格によっても着方は違うのでしょうか。


田中:
体型は違っても、基本は同じです。
風呂敷でスイカを包むか箱を包むかで、包む物の形に合わせて曲がり方が変わるようなイメージですね。


川嶋:
女性と男性ではどういう違いがありますか。


田中:
男性は体のつくりがシンプルなので着付けも簡単ですが、「気の流れ」という面で明確な違いがあります。
布の流し方がまったく違うのです。


女性の場合は布を後ろへ下ろして前を上げるという回り方をします。逆に男性は後ろを詰めて前を下ろします。


川嶋:
気の巡り方が男女で逆だと言いますよね。


田中:
試しにわたしが男性の着方(布の回し方)をしてみたら、息ができなくなりました。
それで「わたしは男性ではないな」と体感したのです。


川嶋:
呼吸にまで表れるのですね。


田中:
着物を着ると整うというのは、そういう理にかなった部分があるのだと思います。
本当によく考えられていますよね。ほどけばすべて一枚の反物(布)に返るようにできていますし。


川嶋:
たいへんエコですね。着るひとが変わっても着られるようにできている。
今日わたしが着ている着物も、じつはお借りしたもので、体格が違う方のものなのです。


それでも着付けによって綺麗に着られていて、同じ着物でも着るひとの個性に合わせた形になります。
本当に着物の奥深さを感じました。



着物に込められた「祈り」と未来





川嶋:
今日はいろいろとお話を伺いました。
いまはコスパ重視で「冬は暖かく、夏は涼しく、ある程度流行に乗っていれば何を着ていてもいい」という風潮になっています。


しかし日本人は、食事も、着るものも、住む場所も、単に「物」として見るのではなく、その背後に思いや祈り、精霊や神様が宿っていると見立ててきました。
だからこそ、他国に類を見ない文化が育まれたのだと思います。


機能性だけで「着られたら何でもいい」となってしまうのは、本当に寂しい気がしますね。
千衣子さんが普段着物に関わるなかで、最後に伝えておきたい思いがあれば教えてください。


田中:
先ほど「なぜ家で着ることに気づかなかったのだろう」と言いましたが、着物ってもともとは「お母さんが子どもに着せていた服」なのですよね。


だからそこには、「元気になってほしい」「幸せになってほしい」という祈りや思いが、絶対に込められていると思うのです。
着物は形が一つ(一枚の布)だからこそ、みんなの祈りがそこに入っています。
ひとによく見せるための服ではなく、ひとを守って、育んで、幸せになってほしいという思いがいっぱい詰まった服ではないでしょうか。


川嶋:
先ほど風呂敷にたとえられましたが、まさに何かを包んで守るものですよね。


田中:
着たひとがみんな「安心感を感じる」とおっしゃいます。
わたしはそんなこと意図していなかったのでおどろきましたが、包んで守ってくれる感覚を得られると、それだけで「挑戦できること」が増えるのではないかと思っています。


川嶋:
「壁が取れる」というのは、いまの時代、本当に大切ですよね。
コロナ以降、外出やイベントが減って着物産業はダメージを受けたと言われていますが、「それなら日常で着たらいいではないか」と。


今日は本当に貴重なお話と着物を見せていただき、ありがとうございました。
最後にもう一つだけ。後ろに飾ってある着物、すごく綺麗ですね。


田中:
もういまは作れないと言われているものです。
一応、メトロポリタン美術館に収められているものと同等クラスの作品だそうです。


川嶋:
一目見て凄さが分かります。
よく見ると伝統的な松の柄で、これも「絞り」ですか。
糸でくくって、そこに筆で彩色をしている。


際の細かいところまで色が入っていて、絞った状態で染めるから「ぼかし」が生まれる。ものすごい技術と配色センスですね。


田中:
細い糸でぐるぐる巻きにして作ります。ものすごく細かい作業ですよね。
川嶋:
これはもう芸術品です。絵画ではなく「着るもの」としてこれを作っているのがすごいです。

まさに日本の「用の美」ですよね。
使うもののなかに美しさが込められている。強い思いがないと、絶対にできない仕事です。


川嶋:
これだけの時間をかけてでも、伝えたい思いや残したいものがあったからこそ作られたのですよね。
こうした文化を本当に残していきたいです。


今日着せていただいて、わたしもすっかり着物が欲しくなってしまいました。
ウェブサイトでの販売や、着付け教室もされているのですよね。


田中:
はい。教室では、一緒に着物でくつろぐ感覚を知っていただくために、お昼ご飯を食べて「お昼寝」の時間も設けています。


川嶋:
着付け教室でお昼寝のカリキュラムですか。面白いですね。
みなさんもぜひ、日常で着物を着るということを試してみてください。


和服は年齢を重ねるほど貫禄が出て、かっこよくなりますからね。


本日は、鞠小路スタイルの田中千衣子さんにお話を伺いました。
どうもありがとうございました。


田中:
ありがとうございました。


田中千衣子さんの浴衣販売会はこちら>>
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