『ゆにわ塾』の講師、川嶋です。

2月3日には、節分を迎えます。
そして、翌日の立春から、正真正銘の新しい年がやって来ます。
そこで、今日は節分をテーマにわたしたちが北極老人(以下:先生)から教わってきたことをお伝えさせて頂こうと思います。
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〝ゆにわ〟では、毎年、〝ゆにわの恵方巻〟を作って立春を迎えています。
〝ゆにわの恵方巻〟はもちろんですが、保存料も化学調味料も一切、使用しませんので、
みなさまが召し上がる前に味が変わってしまわないよう巻き上げるのは、お渡しする直前です。
しかし、簡単に巻けるような本数でもありません。
寝る間も惜しんで、時間との勝負。
厨房内は、戦場です。
この戦に、ひとりでは太刀打ちできません。
わたしたちは、プロの職人集団ではありませんからチーム戦で、いかに戦うかです。
具材の火入れは、前日から行って、味をなじませます。
だし巻き玉子も手早く、かつ丁寧に、何十回と焼き続けます。
そして、日の出前の夜中2時から、巻きがスタート。
ずっと手を止めずに、立ちっぱなしです。
みんな、気持ちは前向きでも、体力ぎりぎりのところで踏ん張っていますので、代わるがわる、休憩をとりながら。
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ところで、節分には昔から〝豆まき〟をします。
この〝豆〟の意味をご存知でしょうか?
わたしたちは、先生から
〝豆〟には
ま = 魔
め = 滅
つまり、〝魔を滅する〟という意味がある と、教わってきました。

立春は、旧暦でいうところの年明けですから、その前日である節分の日は、旧年中に積み重なった邪気や厄を祓(はら)って、しあわせに満ちた一年がお迎えできるように‥
という願いが込められているのです。
〝魔〟とか、〝鬼〟とか、リアルな日常とは離れた存在のようにも思えますが、
人生が一変して不幸になるのは、
たいてい〝魔〟がさした時です。
どなたでも、きっと経験がありますよね?
「つい、欲に負けちゃった‥」
「待ちきれなかった‥」
「無意識のうちに‥」
「ぼーっとしてて‥」
あとになって冷静に考えたら
「なんであんな事したんだろう?」
と、自分を疑いたくなるような小さな誤動作から、大きな惨事につながってしまう経験が。
昔の日本人は、人を正気でなくさせる〝魔(霊的存在)〟が心に侵入して考えや行動が乗っ取られて、果ては、鬼になると考えたのです。

それは空想でも何でもなくて、現代の世の中でも、見えない次元で起こっていることです。
〝魔(ま)〟の存在に気づけないから、思わぬ失敗をしたり、人生が思い通りにいかなくなったり‥
〝魔(ま)〟が入るにも、理由があります。
それは、いつ侵入するか?
〝魔(ま)〟が入るのは
〝間(ま)〟ができたとき。
そうやって、わずかな隙間を縫って、〝魔(ま)〟が、入り込むのだと先生はおっしゃっていました。
一年の節目となる、節分や、大晦日や、人生の節目となる、七五三や成人式などにお祓(はら)いをする習慣があるのも、季節と季節の〝間〟には、〝魔〟が侵入しやすいので、そこから身を守るための知恵だったのでしょう。
大げさに、祝ったり、おまじないをして、油断をなくしたのです。
油断しているから、やられる。
そして、本当の自分を見失って、いつの間にか、判断がおかしくなったりする。
でも、自分自身が〝魔〟にやられる時は誰でも、無自覚なものですからね。
そうならないために、わたしたち〝ゆにわ〟の仲間でも、特に大事にしているのが‥
「日常の中で〝間をなくす〟こと」です。
〝間(ま)〟と言っても、さまざまです。
行動と行動に〝間〟ができると止まっているうちに、あれこれ考えてしまい、不安になったり、勢いが失われたりして次に続く行動に、エゴ(自分勝手さ)がはさまります。
そして、タイミングがズレる。
だから、言われたらスグ行動。
思い悩む前に、まず行動です。
ONとOFFに〝間〟ができると、日常と非日常が分離して、仕事とプライベートが分断されます。
そして、電源を立ち上げる度にエネルギーがかかり過ぎて、いつか、ブレーカーが落ちたかのようにモチベーションが続かなくなる。
だから、身体は休めても意識の炎は絶やさないことです。
また、骨と骨の〝間〟、つまり、関節が冷えるとそこから全身の体調が悪くなります。
身体全体のことを言い表すときに「身体の節々が‥」なんて言うように関節には、毒素(邪気)がたまるので、たいていの身体の異常は、それが原因です。
だから、関節や背骨を温めて、ゆるめて間を調整してあげると、それだけで調子は整います。
そして、人と人との〝間〟は、もはや、言うまでもありません。
どんな仲間も、チームも人と人との間に隙ができたら、崩れるのは簡単です。
あらゆる仕事で、報連相が大事なのも、それが人と人との〝間〟を繋ぐものだから。
その隙間から、〝魔〟がはいるからです。
だから、取り返しのつかない失敗は、たいてい、報連相の不徹底による伝達ミスから起こります。
もちろん、仕事上の人間関係だけでなく、仲間や家族や、パートナーとの間で、いつもは同じ方向を向いているはずなのに。
知らず知らずのうちに、意識のズレが生まれてきたら要注意です。
だいたい、そういう時は、それぞれが〝自分のこと〟を考えてしまっているから。
運悪く失敗して「自分ってダメだな‥」と、ヘコむときも、
運良く成功して「自分はイケてる」と、油断するときも
意識の矛先は〝自分のこと〟です。
どちらも、魔につけ入られる隙ができやすくなります。
「大事な仲間やパートナーといかに、気持ちをひとつにできるか」
魔が入らないように、わたしたちも今の時期、特に意識していることです。
けれど、ことさらに意識せずとも〝ゆにわの恵方巻〟をお作りするにあたっては、みんながバラバラだったら、完成させることができません。
否応(いやおう)なしに、一致団結するしかない。
これは偶然の賜物(たまもの)ですが、節分にあわせて仲間の信頼を再確認させられているかのように思えてならないのです。
まるで神様に、その結束を試されているかのように。
〝ゆにわの恵方巻〟は、いつもすばらしい食材たちを届けてくださる生産者の方々とのご縁と、〝ゆにわ〟のスタッフの結束から生まれたもの。
効率的に作ろうと思ったらもっと〝上手な〟やり方があるのかもしれません。
おそらく、今より楽に作ることもできるでしょう。
けれど、それでは〝ゆにわの恵方巻〟にならないとなんとなく、みんなが思ってしまうのです。
どこまで、手を尽くせるか。
ひとりひとりの人間は、完ぺきでなくともチームプレイで、いかに高みに登れるか。
それによって、この恵方巻を召し上がった方にお届けできる〝気〟が変わると思うからです。
これを召し上がった方々のところでも、心に忍び寄る「魔を滅する」ような結束の〝気〟に満ちた恵方巻になってこそ、はじめて、〝ゆにわの恵方巻〟が完成するのだと思います。
今年の恵方(えほう)は南南東ですが、これは、その年の神様がいらっしゃる方向です。
恵方巻を食べる作法は、みんなが同じ方向(恵方)を向いて一本、食べ終わるまで無言で、丸かぶりするというもの。
いつも同じ、神様の方向を向いて、一本道を、貫いていこう。
そんな願いの込められた、特別な恵方巻です。
親密な仲間同士でも、いざとなると内気になって、言いたいことが言えなかったり、浮かんだ言葉もしまい込んで、誰も知らないまま消えてしまったりするものですから。
みなさまも、この節分のタイミングに大切な仲間と、絆を確かめ合ってみるのも、いいかもしれませんね。
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2026年のゆにわの〝恵方巻〟について、詳しくはこちらをご覧ください。
→★ゆにわの開運恵方巻★