そこで今回は、明治天皇の玄孫であり、さまざまなメディアで活躍されている、作家の竹田恒泰先生から、「日本人にとって天皇とは何なのか?」を伺いました。
一言では言い表せない「天皇」
竹田:「天皇とは何か?」とは大変難しいことです。
今から10年以上前、慶応大学で講義をしたとき、学生に「先生、ずばり『天皇』とは、何ですか?」と聞かれたんです。
本来であれば、簡潔に分かりやすく、「天皇とはすなわち、『こうだ』と言わなくてはいけなかったのですが、色々と多弁を弄して説明しました。
その後、「説明できていたかな?」とすごくモヤモヤしました。
数年ほど経って、戦後の神道思想家の葦津珍彦先生(※)の全集を読みました。
(1909〜1992)
昭和・平成期の思想家、神道研究家。著書に「日本の君主制」「武士道―戦闘者の精神」「神道的日本民族論」「大アジア主義と頭山満」「みやびと覇権」など。
聡明で、あらゆるものを論理明快に説明してくださる先生です。
その中に、弟子との問答で「先生、天皇とは何でしょうか?」という問いがあって「来たー!」と思ったんです。
そしたら、葦津先生は「馬鹿者、そんなものを言葉で説明できる訳ないだろう」と答えた。
これには続きがあるのです。
天皇はとにかく歴史が長い。
例えば、色んな物事は「誰が始めた」「いつから始まった」ということが分かるものもあるけれども、分からないものもある。
では、分からないことは無価値か?
皇室に対する想いは様々で、みんな想いが違うかもしれない、それが複雑であれば複雑であるほど安定するという訳ですね。
小名木:はい。
竹田:例えば、ある人が天皇を大切にするという想いがあるのは「伝統だから」と言うかもしれない。
ある人は「陛下の人柄が良い」、「三種の神器」、「伊勢神宮」かもしれない。
みんなが複雑な想いを持っていても、全体から見たら国民が天皇を大切にしてるということで、原理が複雑であれば複雑であるほど安定するという訳です。
では、「どうしたら理解できますか?」と言ったら、「勉強しろ」という訳ですね。
日本の歴史・天皇・国民を学んだ時に、なんとなく見えてくるはずだと。
小名木:想いそのものが天皇を考え、自分のものにしていくということですね。
竹田:そういうことですね。
だから、「天皇とは何か?」というのは、「これはこうだ」という単純に一言、二言で言える訳でもなく、とはいっても全く説明できないものでもない訳です。
ですから、日本の歴史を学んだ時に、一人一人が胸のうちに、「なるほど、天皇というのはこういう存在なんだ」というのが浮かび上がってくる。
それぞれ感じる事は、もしかしたら違うかもしれないけれども、でもそれが違っても良いんだということですね。
明治の天才はこう表現した
竹田:そして、「天皇とは何か?」を悩んだ人物が明治時代にいて、それが井上毅(※)という人物です。
(1844〜1895)
明治の官僚、政治家。大日本帝国憲法,教育勅語などの起草にあたったほか,明治初期の重要政策の立案・起草に指導的役割を果たした。
彼は江戸時代の生まれで、フランスに留学し、明治時代に官僚になり、大日本帝国憲法や教育勅語の起草をした人です。
この人は、歴史に冠たる天才中の天才だと私は思います。
井上毅は伊藤博文から大日本帝国憲法(※)を書けと言われました。
1889年(明治22年)2月11日に公布、1890年(明治23年)11月29日に施行された日本の憲法。「明治憲法」「旧憲法」とも呼ばれる。
そして、第一条は国体(※)条項ですから、「日本とは何か?」ということを、簡潔に一言で言い切らなくてはいけません。
国家の状態、くにがらのこと。または、国のあり方、国家の根本体制のこと。主権の所在によって区別される国家の形態をさす場合もある。
どの国も憲法の第一条には国体を書くのです。
この時に井上毅は悩んで、脳みそがちぎれるぐらい考える訳ですよ。
彼は古事記・日本書紀、神皇正統記や大日本史など、あらゆる日本の歴史書を読み込んで、最終的にまさに古事記から持ってきた「シラス」という言葉を使うのです。
井上毅は一言で「日本とは何か?」と言おうとした時に、「日本という国は、天皇がシラス国である」と言い切りました。
ところが残念なことに、審議の結果「シラス」というのは、明治時代にはもう、使わない言葉で、分かりづらいと。
小名木:外国語に翻訳しづらいんですね。
竹田:そうですね。
そこで、適当な漢語を持ってきて、「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」と書いたのです。
そこで伊藤博文は自ら書いた憲法解説書に、第一条に「統治ス」と書いてあるのは、これは「シラス」の意味で用いていると、わざわざ政府の見解を発表しています。
だから、日本という国は、「天皇がシラス国」である。
「シラス」というのは、古事記では「知」という漢字になっていますし、日本書紀で「治」という字を「シラス」と読ませています。
「知らせ」というのは、「お知りになりなさい」というのが直訳になります。
天孫降臨(※)の時に天照大御神が孫の瓊瓊杵尊に、「あなたは地上世界に降り、国をお知りになりなさい」と言われました。
瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が天照大神(あまてらすおおみかみ)の命を受けて、神様の世界である高天原から地上界に降りて、天皇の祖先となったという日本神話。『古事記』『日本書紀』に記されている。
「知る」ということが、なぜ国家統治に繋がるのか?
よく「天皇は祈る存在だ」と国民に理解されてますよね。
確かに、色々ある天皇の役割の中でも、とにかく祭祀・祈る・国民の幸せを祈るということは、私は筆頭に来る一番大切なことだろうと思います。
(つづく)