人生の濃さは、何で決まるのか?~ゆにわタイムズ~

※こちらの記事は、ゆにわ塾のコンテンツ「ゆにわタイムズ」を文字起こしし、編集したものです。

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濃い時間が人生を創る



みなさん、こんにちは。

今回は「人生の濃さは何で決まるのか」というテーマでお話ししたいと思います。



いま、わたしたちは神社参拝に向けて準備を進めています。

もう1ヶ月を切り、神様からのメッセージやテーマが次々と降りてきている最中です。



思えば年初から、ずっとこの神社にまつわるテーマが続いていたように感じます。

下見に行ったり、白山比咩神社に参拝したり、さまざまな段階を経てきました。



白山の神様はとても次元が高く、抽象度の高い存在です。

一方、今回の神社に降りている神様は、わたしたちにより近い存在として、現実的な場面でいろいろと手助けしてくださる神様でもあります。

だからこそ、この順番が必要だったのかもしれません。



浦島太郎伝説が教えてくれること



今回の参拝先の近くには、浦島神社があります。

浦島太郎発祥の地と言われている場所です。



浦島太郎が竜宮城から帰ってきたら、すごい時間が経っていた。

この物語は、いったい何を意味しているのでしょうか。



ひとがすごくよい時間を過ごしているとき、あっという間なのに、同時に永遠の時間が流れているような感覚になりませんか?



わたしは北極老人がお話しされているときに、時間感覚がなくなっていくのを感じます。

時が止まっているような、悠久の時が流れているかのような、不思議な感覚です。



みなさんも経験があるのではないでしょうか。

本当によい時間だなあと感じるとき、なんだかとろけるような心地になって、気がついたら「もうこんな時間なの?」となる。

あれがまさに、浦島太郎的な時間なのかもしれません。



プライベートと仕事の分断が生む薄い時間



先日、ビジネスをやっているひとたちと話していて、おどろいたことがあります。



いまの世の中では、プライベートと仕事をものすごく分けるのだそうです。

電話をするにも、まずチャットでアポを取る。

「すいません、いついつの何時だったら空いているんですけど、お電話できませんか」と連絡してから、ようやく電話をする。



わたしもゆにわに来る前はそうでした。

だから、突然電話がかかってきたときは衝撃を受けたものです。



彼らに話を聞くと、いきなり電話がかかってくるのはストレスだし、かけるのも申し訳ない。

チャットでやり取りすることさえ、「貴重なリソースを削ってしまってすいません」という感覚になるのだそうです。



それはプライベートに踏み込むことになるから。

同じ会社のメンバーなのに、そういう距離感になってしまう。



自分と他者が完全に分離している状態では、一緒にいても濃い時間にはなりません

表面的で、上辺だけの関係になってしまう。

何か抱えていることがあっても言えなかったり、「わたしのことで時間を使わせるのも申し訳ない」となってしまう。



そうすると、すごく薄い時間が流れていくのです。



怒涛の日々こそ記憶に残る



ゆにわのスタッフは、もはや「これがプライベートで、これが仕事」という区別がありません。

そういう概念すらないような関係性です。



北極老人がおっしゃっていましたが、家族以上に家族のような関係をいかに作っていけるか。

それが、よい時間を過ごすということ。

密度が濃い時間をどれだけ創っていけるかが大切なのです。



密度が濃いということは、それだけ魂の栄養になっているということ。

逆に、密度の薄い人生は、死ぬときに「自分の人生ってどんな人生だったっけ」と思い出せない。

あまり誰とも関係を築けなかった、そんな人生になってしまいます。



わたし自身、シロフクコーヒーのスタッフとして入った頃のことをよく覚えています。

入ったのは、ちょうどお店がオープンして2週間後くらい。

オペレーションも定まっていない状況で、みんなで考えながらお客さんをお迎えしていました。



1日1日が濃すぎて、気づいたら夜中。

失敗もたくさんして、そのたびに「どうしたら改善できるか」を話し合う。

話し合っていたら夜中になって、でも朝からオープンしないといけないから、ほぼ寝ずにそのまま朝を迎える日もありました。



でも、いちばん覚えているのはその日々なのです



落ち着いた日、ゆっくり提供できた日も、それはそれでよかった。

けれど、怒涛で必死こいて、全然うまくできなくて、泣きながらコーヒーを淹れていた日々のほうが、振り返ったときに笑い話になっている。

ひとに伝えられる日々になっているのです。



ひとに語れるストーリーになるか



ひとに語れるストーリーになるかどうか。

エピソードになるかどうか。

そこには、「挑戦したかどうか」が大きく関わっています。



いま、「神話創世プロジェクト」という講座をやっています。

一人ひとりが、いままでにない神話を創っていこうというプロジェクトです。



古事記や霊界物語など、神様の世界を描いた物語はこれまでもありました。

けれど、それはもうこれまでの時代のストーリー。

これからは、わたしたち一人ひとりが新しい神話の雛形を創っていく。

そのために「神話となる生き方とは何か」を講座内で話しています。



先日の大阪会で、こんなことがありました。

セミナー後のアンケートを見ていたら、「たいへん不満でした」にチェックが入っているものがあったのです。

でも本文には、すごく長文でよい感想が書いてある。



「どういうことだろう?」とみんなで話して、直接聞いてみることにしました。

羽賀さんがその方に声をかけると、単なるチェックミスだったことがわかりました。

そして、わざわざ気にかけてくれたことを、その方はとても喜んでくださったのです。



ビジネスをやっているひとたちは「話しかけたら迷惑じゃないですか? 自分たちなら話しかけないです」と言っていました。

でも、話しかけなかったら「不満だった」というストーリーで終わってしまう。

声をかけたから、ただの間違いだったとわかったし、距離も縮まった。

次につながっていくのです。



迷ったときは、絶対にGO

失敗してもいい。

そういう姿勢が、ストーリーを創ってくれるのです。



羽賀さんの突破力に学ぶ



羽賀さんの突破力には、いつもおどろかされます。



先日、メビウスでラジオの収録をしようとしていたとき、大学生の女の子がシクシク泣きながら相談をしていました。

羽賀さんがその子に「どうしたの?」と声をかけると、女の子はびっくりして警戒してしまった。



普通なら「ごめんね」と遠慮するところです。

でも羽賀さんは違いました。

「なんでゆにわに来たの?」「照れてる? もしかして俺に照れてる?」



周りは爆笑。女の子も緊張がほぐれて、そのままラジオでその子の悩みを取り上げて話すことになりました。

すごい展開です。



昨日の神社下見でも、お蕎麦屋さんで蕎麦湯を取りに行くのが遠かったらしく、羽賀さんは通りがかりの見知らぬおばちゃんに「すいません、僕のもついでもらっていいですか?」と頼んでいたそうです。



もはや踏み込みとかいう次元ではありません。

でも、そのおばちゃんは快く注いでくださって、場が盛り上がった。



ある方が羽賀さんに「どうすれば開運しますか?」と質問したとき、羽賀さんは初対面なのに「僕と会ったときが開運です」と答えていました。

わたしには恐れ多くて、口が裂けても言えません。



一歩踏み込むことが密度を生む



自分がやらないだろうなというところに飛び込む。

チャレンジする。

それが、浦島太郎伝説と同じなのです。



行くのは怖い。

でも、行ったときには、いろいろな出来事があって、めちゃくちゃ濃い時間を過ごせる。



歴史上の人物たちを見ても、そうです。

イエス・キリストが宗教活動をして磔になるまでの期間は、実質8年くらいしかありません。

お釈迦さんが菩提樹の下で悟りを開いてから布教活動をした期間も、人生の後半の短い期間です。



それなのに、何千年も影響を与え続けている。

それは、その期間の密度がとてつもなく濃かったからです。



どれだけ密度の濃い時間を生み出せるか。

経験できるか。

生きられるか。



今回の神社の神様は、そういう時間を過ごせるように後押ししてくださる神様です。

魂の栄養がもっとも濃い時間を過ごせるように、背中を押してくださる。



自分の周りから、ぐーっと流れを開いていく。

そういう生き方を後押ししてくださるのです。



これまで生きてきた中で、もっと密度を濃くしたい。

生き切ったと言える人生にしたい。

魂の記憶が目覚めるような人生にしたい。

そう思われる方は、ぜひ一緒に参拝できたらうれしいです。



詳細は概要欄のリンクからご覧ください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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