はじめに:現代に息づく古代の叡智
現代社会を生きるわたしたちは、日々の忙しさに追われ、ともすれば目に見えない大切なものを見失いがちです。
しかし、古代の人々は、自然との繋がりをより深く感じ、目に見えない世界との交流を大切にしていました。
この記事では、最澄と空海が日本にもたらした密教の教えを紐解きながら、現代人が忘れかけている感覚を取り戻し、心の羅針盤を見つける旅へと、皆さまをご案内したいと思います。
それは、「昔の人だから」と一言で片付けてしまうには、あまりにもったいない知恵と、現代を生き抜くためのヒントに満ち溢れているのです。
さあ、あなたも古代の叡智に触れ、新たな視点からこの世界を見つめ直してみませんか?
「昔の人だから」と感じていませんか?
これまで、最澄と空海、そして彼らが日本にもたらした密教について、ゆにわ塾の今年のテーマとして様々な情報をお伝えしてまいりました。
しかし、「昔の偉人」について語るとき、「昔の人だから」という、どこか遠い存在のように感じてしまうことはないでしょうか。
たとえば、仏教がなぜ日本に取り入れられ、天皇家にも広まったのか。
当時の疫病や天変地異、隕石の落下といった出来事を、昔の人々は陰陽師や僧侶の力によるものと考え、加持祈祷によって防ごうとしたと聞くと、「昔は科学が未発達だったから」と、どこか斜に構えて見てしまうことはないでしょうか。
しかし、今回お伝えしたい最澄と空海の比較は、現代人にも深く通じるお話です。
むしろ、昔の人々をあなどってはいけない、現代のわたしたちこそ感覚が閉ざされてしまっている部分があるのではないか、ということをお伝えしたいのです。
現代人こそ鈍っている感覚
現代社会は、確かに便利になりました。
その一方で、わたしたちは自然を感じる時間をどれだけ持てているでしょうか。
昔は夜になれば、頼りになる灯りは少なく、頭上には満天の星空が広がっていました。
現代でも、郊外へ行けば星が近くに見えますが、かつてはそれが日常の風景だったのです。
大自然を感じ、何か大いなるものと繋がっているような感覚は、現代のわたしたちにも思い当たることがあるでしょう。
しかし、昔の人々はそのような感覚の中で常に生きていたのです。
そうした環境の中では、目に見えないものを感じる力も、現代人よりはるかに敏感だったに違いありません。
以前、「なぜ人は苦行をするのか」というお話をしたことがありましたね。
それは、仙人に近づくための修行と言えるのかもしれません。
これには様々な捉え方がありますが、たとえば、一日中寝て過ごし、お腹いっぱい食べ、好きなテレビを見て、ゲームをして、という生活ばかり続けていると、感覚は鈍くなっていくように思いませんか?
逆に、生死の境目に身を置くような極限状態において、人間の秘められた力は目覚めると言われます。
そのように秘められた身体能力、意識、才能、そして天才性までも開花させていく、その道筋を示すのが密教なのです。
これは、現代を生きるわたしたちにも、大いに通じるお話だと言えるでしょう。
目に見えない世界を捉える:「環」という視点
人の意識や心、精神は、いったいどのような仕組みで動いているのでしょうか。
それは、現代科学の力をもってしても、いまだ完全には解明されていません。
心はどこにあるのでしょう。
脳の中でしょうか、それとも心臓、あるいは全身の細胞の一つひとつに宿っているのでしょうか。
最近では、意識は空間そのものに存在するという説も提唱されています。
では、目に見えない世界を、わたしたちはどのように理解すればよいのでしょうか。
今回の講義では、まずそこからお話を始めたいと思います。
わたしたちは、この概念を「環(かん)」という図を用いて説明しています。
セミナーに参加されたことのある方なら、見覚えがあるかもしれませんね。
この円の下半分が「この世」、上半分が「あの世」を表しています。
仏教には「輪廻(りんね)」という思想がありますね。
人は生まれ変わり、死に変わりを繰り返す存在である、という考え方です。
これは、言い換えれば、死んでも何かが残り続ける、という感覚が、多くの日本人の中に根付いていることの表れではないでしょうか。
たとえば、身近な方が亡くなったとき、「あの人が見ていても恥ずかしくないような言葉遣いをしよう」と、ふと思うことがあります。
それは、その方が目に見えない世界、つまり図の上半分の世界へ旅立ったとしても、エネルギーのような形で何かが残り続けている、とわたしたちがどこかで信じているからなのでしょう。
そして、そのエネルギーは循環し、新たな生として生まれ変わったり、あるいは現代に生きるわたしたちに何らかの痕跡や影響を残したりする。
この「環」の図は、そのような世界の捉え方を示しているのです。
じつは、これは物理学の世界にも通じる考え方です。
この世には、目に見える物質だけでなく、目には見えないエネルギーが無数に存在しています。
人の意識も、まさにこのエネルギーの一種と言えますし、掴みどころのない「心」というものも、エネルギーとして捉えることができます。
そして、このエネルギー、すなわち「何を思ったか」「何を考えたか」という内なる動きが、実際の行動へと繋がっていくのです。
わたしたち人間も、この「環」の循環の中で生きています。
どのようなイメージを心に抱くかによって行動が生まれ、そしてその心の中のイメージ、思い描いた世界を形にする手段のひとつが、「言葉」であり、また「書」でもあるのです。
エネルギーの流れを読む:悟りと術
近年、素粒子の研究が大きく進展しています。
素粒子とは、わたしたちが目にする物質を構成している、最も小さな単位のことです。
この素粒子の振る舞いは非常に不思議で、わたしたちが普段目にしている物質とはまったく異なる動きを見せます。
まるで、人間の意識に呼応して動いているかのように見えることさえあるのです。(この点について詳しくは、少し専門的な話になりますので、ここでは割愛しますね。)
たとえば、密教には呪文や真言(しんごん)があります。
仏教では、般若心経や観音経といったお経を唱えますね。
これらは、何らかの循環、エネルギーの流れを生み出すためのものと考えることができます。
お経を唱えることを通して、目の前の出来事をどのように捉えるべきかという問いが、悟りや気づきへと昇華していく。
そのような働きがあります。
これは、「環」の図で言えば、左回りのエネルギーの流れ、すなわち「悟り」の方向への流れと言えるでしょう。
一方で、逆方向、右回りの流れを促すお経も存在します。
お経を唱えることによって、願いが叶ったり、何かを引き寄せたり、病気が癒えたりといった、物事を「具現化」するエネルギーの流れです。
この具現化するエネルギーの流れを、わたしたちは「術(じゅつ)」と呼んでいます。
物事を動かし、現実に形として表す力のことですね。
高野山に息づく空海の気配と「気」を感じる力
仏教的な死生観においては、「この世」と「あの世」は時間的に隔てられたものではなく、常に同時に存在していると考えられます。
つまり、亡くなった方の霊もまた、わたしたちと共に、今ここに存在しているのです。
先日、わたしは高野山を訪れました。
講師の小木先生もおっしゃっていましたが、高野山はじつに素晴らしい場所でした。
その奥の院には、弘法大師空海の御廟(ごびょう)があります。
そこには、即身成仏(そくしんじょうぶつ)された、つまり生きたまま仏になられたとされる空海が祀られているのです。
そして驚くべきことに、1200年もの間、毎日欠かさず朝と昼の食事が空海に供え続けられています。
それだけの長い年月、人々が供え続けたいと思えるほど、空海が深い人徳を積まれたということなのでしょう。
空海がこの世に残した功績は計り知れず、そして「あの世」に行ってからもなお、現代にまで大きな影響を与え続けているのです。
奥の院の参道には、20万基とも言われる数多の墓碑が立ち並んでいます。
夜中に一人で訪れるのは、少し勇気がいるかもしれませんね。
そこには、歴史に名を残す名だたる武将や将軍たちのお墓も数多く見られます。
霊的な存在が多く集まる場所というのは、まるでたくさんの人がいるかのような気配を感じることがあります。
YouTubeの神社チャンネルでもその様子が公開されていますが、出演されている方が「霊がいる感じがする」と話している場面がありますね。
人間には、そのような目に見えない気配を感じ取る力があるのです。
霊的なものや、強いエネルギーに満ちた空間というのは、空気が濃密で、何かが「詰まっている」ような感覚を覚えることがあります。
たとえば、セミナーやミーティングなどで人が集まった際にも、実際の人数以上にガランとして寂しい雰囲気を感じたり、逆に、人数以上の熱気に満ちて、参加者同士の距離がとても近く感じられたりすることがあります。
そのときに感じているものこそ、目に見えないエネルギーの働きなのです。
それは、人の気配を感じたり、目に見えない「気」の流れを感じ取ったりする、わたしたち人間に本来備わっている能力と深く関わっています。
古代の人が見ていた世界と密教の叡智
昔の人々は、現代のわたしたちよりも、その「気」を感じる能力、すなわち目に見えない世界を感じ取る力が、より鋭敏だったと考えられます。
言葉を交わさずとも、心と心で通じ合うことができたのかもしれません。
木の精霊、水の精霊、火の精霊といった、今ではまるで伝説のように語られる存在たちも、当時は実際にその姿を見ることができる人がいたのでしょう。
植物に宿る霊的な存在が見える人もいたと言われています。
芸術家の中には、そうした目に見えない存在を見て、それを絵画として表現する人もいますね。
そしてもちろん、仏様や神様といった尊い存在も、人々は感じ取り、その姿を見ていたのです。
だからこそ、仏像や曼荼羅(まんだら)といった形で、その姿を誰もが理解できるように視覚化して伝えてきたのですね。
人生を形作るもの:意識と心
ここまでが、この「環」の図が示す世界の捉え方の大まかなご説明となります。
まずは、この基本的な概念を心に留めておいていただけると幸いです。
この半年間の講座を通して、この図は繰り返し登場することになります。
仏教や様々な宗教思想を深く理解する上で、とても大切な考え方ですので、ぜひ覚えておいてください。
さて、ここからさらに話を進めますが、ここで考えていただきたい大切な問いがあります。
それは、「わたしたちの今の人生を形作っているものは、いったい何なのか」ということです。
わたしたちの今の人生を形作っているもの、それは他の誰でもない、わたしたち自身の「意識」であり、「心」なのです。
では、その意識や心は、どこから生まれ、どのようにして形作られていくのでしょうか。
それは、わたしたちがこれまでに積み重ねてきた過去の経験や記憶、そしてご先祖様から受け継いできたもの、さらには前世からの影響といった、実に様々な要素が複雑に絡み合ってできていると考えられます。
「環」の図の右回り、すなわち「過去から未来へ」と向かう流れに注目してみましょう。
これは、わたしたちがこの世に生まれてから現在に至るまでの、経験や記憶の積み重ねを表しています。
嬉しい出来事、悲しい出来事、成功した体験、失敗した体験、そういった様々な感情を伴う出来事が、わたしたちの意識の深い層に刻み込まれていくのです。
しかし、わたしたちの意識を形作っているのは、それだけではありません。
図の左回り、つまり「未来から過去へ」と向かう流れもまた、同時に存在しているのです。
これは、ご先祖様から受け継いだものや前世からの影響、そして未来に開かれている可能性といった、目に見えない世界からの影響を表していると言えるでしょう。
たとえば、何か新しいことに挑戦しようとするとき、「わたしには無理かもしれない」という不安な気持ちがよぎることがありますね。
これは、過去の失敗体験や、自分に対する自信のなさから来ているのかもしれません。
しかしその一方で、「もしかしたら、うまくいくかもしれない」という希望や期待も同時に生まれてくることがあります。
これは、未来に開かれた可能性や、わたしたちの内なる潜在的な能力から湧き上がってくるものなのかもしれません。
つまり、わたしたちの意識は、常に過去と未来、その両方からの影響を受けながら揺れ動いている存在なのです。
そして、その揺れ動きの中で、わたしたちは何かを選択し、行動を起こし、自らの未来を創造していくのです。
意識を変え、未来を創る:密教のアプローチ
密教では、この意識のメカニズムを深く探求し、その意識をより良い方向へと導き、自在に扱っていくための方法が伝えられています。
たとえば、瞑想を行ったり、真言を唱えたりすることによって、心の状態を穏やかに整え、内に秘めた潜在能力を引き出すことを目指します。
あるいは、仏様の姿を心の中にありありと思い描くことによって、仏様が持つ深い智慧や慈悲のエネルギーと繋がり、自己をより高い境地へと高めていくのです。
これらは、単なる精神的な修養にとどまらず、わたしたちが生きるこの現実世界に確かな変化をもたらすための、具体的な方法論でもあるのです。
意識が変われば行動が変わり、行動が変われば、おのずと結果も変わってきます。
つまり、自らの意識を変えることによって、わたしたちは未来を主体的に創造していくことができるのです。
終わりに:共に、真のメッセージを再発見する旅へ
最澄と空海は、まさにこの密教の深遠な教えを日本に伝え、当時の人々の意識に大きな変革をもたらしました。
彼らが遺した教えは、単に宗教的な枠組みの中に留まるものではなく、情報が溢れ、変化の激しい現代社会を生きるわたしたちにとっても、非常に多くの示唆を与えてくれるものなのです。
現代社会は、情報が過剰に溢れ、日々のストレスも多く、心が乱れやすい時代と言えるかもしれません。
しかし、そのような時代であるからこそ、自分自身の内なる声に静かに耳を澄ませ、自らの意識を丁寧に整えていくことが、ますます重要になっているのではないでしょうか。
密教の教えは、そのための非常に強力な拠り所となり得るはずです。
この講座を通して、皆さまと一緒に、この意識の不思議なメカニズムを探求し、一人ひとりがより豊かで実りある人生を創造していくためのヒントを見つけていきたいと願っています。
そして、最澄と空海が遥かな時を超えて伝えたかった真のメッセージを、現代に生きるわたしたち自身の言葉で、共に再発見していく旅を始めましょう。
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この記事はゆにわ塾コンテンツ「グランドセミナー」からの抜粋です。
フルバージョンは、ゆにわ塾からご覧になれます。